マルぴょんござる!

マルぴょん それは日本古来より伝わる伝統の味…

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2012-05-22 [ Tue ]
 『梅雨の終わり』



深夜2時。携帯電話の着信音が部屋中に鳴り響いた。



今まさに眠りに落ちそうだった私は、閉じてしまいたい目を無理やり片目だけ開けベッドに横になったまま机の上に手を伸ばした。



机の上は散らかっていたが、いつも携帯電話はベッドから手を伸ばせば届く位置に置くようにしていたためすぐに見つかった。



折りたたみ式の携帯電話を開くと液晶のディスプレイが眩しい。



『着信 L 』



通話ボタンを押して耳にあてた時にはすでに着信は切れていた。



私は携帯電話を手に握ったままベッドに大の字になり暗闇の中の天井を眺めていた。



しばらくするとメールが届いた。やはりLからだった。



「久しぶりにどこかへドライブしない?」



今日は土曜の夜。いつもなら彼女は彼氏と一緒にいると思っていたのだが、今日に限ってどうしたのだろう。



「10分くらいで準備できる」



そう返事をすると



「それじゃ10分後位に家の前でクラクションを鳴らすね」



と返事が来た。夜中にクラクションなど鳴らされたら近所に迷惑だなと思ったが、メールを打つのが面倒だったのでそれ以上返事をしなかった。

私はベッドから起き上がると服を着替えた。

鳴らされるよりも前にこちらから声をかければいいのだ。



Lとは高校時代からの付き合いで、大学に入ってからはよく二人で当ても無くドライブしたものだ。

社会人になってLに彼氏ができ、それ以来お互い合う時間もなく疎遠になってしまっていた。会うのは卒業式以来半年ぶりだろうか。



私は適当に準備を済ませると先に表に出て彼女が来るのを待った。



初夏の夜は静かだ。

私は初夏の夜が1年を通して24時間のなかでもっとも静寂を与えてくれる時間に思える。

冬の夜はあわただしく寒さが鳴り響き人々を緊張させるが、それにくらべ初夏の夜は人々の無防備を受け入れる穏やかな寛容さがある。



私は深呼吸をすると夜空を見上げた。星は一つも見えなかった。曇っているのかもしれなかった。

近くの国道を走るトラックのエンジン音が聞こえた。

信号が赤から青へと変わったのだろう。



しばらくすると赤のクーパーが道端のコンクリートブロックに腰掛ける私の前で止まった。ロックの外れる音が聞こえた。私は助手席のドアを開け車に乗り込んだ。彼女は何も言わずアクセルを踏んだ。



「久しぶりじゃないか。会うのも、二人でドライブするのも」



私がそう言ってもLは返事をよこさなかった。



私は窓の外の風景を静かに眺めた。



少しして彼女は口を開いた。



「お腹減った。コンビニ寄る」



「ああ」



私は短く答えた。



コンビニエンスストアの照明が目障りなほど明るい。まるで威嚇するかのようなその光は、私の視界に入るなり喜んで私の目を射した。



駐車場はがらがらで1台の車も無かったが、Lはなぜか建物正面から離れた駐車場の隅っこの薄暗い場所に車を止めた。

ちょっとした買い物を済ます程度なら入口正面にとめてもいいはずなのに。

そう思った刹那、その理由を私はすぐさま理解した。



わずかに届くコンビニの照明にあてられ、薄っすらと見える彼女の横顔を一瞥したとき、ボロボロに崩れた化粧と真赤にはれた目元を見てしまったから。



私たちは車を止めてからしばらく黙ったまま何もせずただ座っていた。



私は何も見ていないフリをしながら車の窓の外を見るのに努めた。だがきっと彼女は自分の顔を見られたことに気が付いているだろうと思った。



私は車から降りた。



「腹減ったんだろ?何か買ってくるよ。なにがいい?」



私は車から降りたその場所で直立したままそう言った。この位置からだと車の天井があって彼女の腰のあたりから下しか見えなかった。

私はわざとそうした。

けどそれは車をいちいち暗闇に止め、くしゃくしゃになった顔を見られないよう努めたことに私が気付いていることの証明に他ならなかった。


だが彼女はそれに気がついただろうか?いや、彼女のことだ、気が付いているに違いない。



「まかせる」



その返答も、声がうわずみ泣きじゃくった後であることを悟らせないようにするための彼女の選んだもっとも短い返答だったに違いない。



コンビニの店内に入り何にしようか考えていたがその必要はなかった。こんな時間のせいか品薄でロクな物がなかった。



私はあまりもののメロンパンとパックの牛乳を買うと会計を済ませ車に戻った。



助手席に座ると彼女の顔を極力見ないようにパンと牛乳を渡そうとしたが、隠すことをきらめたのか、今度は彼女から私の方に顔を向けていた。



「ありがとう」



この声から、彼女の気分が少しは落ち着いてきていることが分かった。



Lはメロンパンの袋を破ると一口大きくほおばってから視線を顔の右上に泳がせ何か考えているようだった。



私はそれを不思議そうに眺めていたが何も言わなかった。この調子なら彼女の方から口を開きそうだった。



彼女は手に持っているメロンパンに視線を戻すと、口をもごもごさせながら私を一瞥して言った。



「これってさ、メロンパンのメロンの部分っていうのかな?このクッキーみたいな部分、これってなんで上側にあるわけ?」



「なに言ってるんだ、デコレーションなんだから見える位置にしなきゃ意味ないだろ。Lは足の裏に化粧したり鼻毛を染めたりするのか?」



「するわけないじゃないのばか。ひねくれてるところは昔と全然かわってないわね。いい?メロンパンの中で一番おいしいのはこのお化粧された、デコレーションされた部分なのよ。

でも口の中にいれるとき舌に触れるのは味気のない地味な生地の部分なの。つまりね、何が言いたいかというと、この形状はメロンパンを美味しく食べる上で合理的じゃない!ってことなの」



「噛んでるうちに混ざるだろ?あんまり関係ないよ」



「どうかしら?確かに噛んでいれば混ざるでしょうけど、生地と混ざった後じゃ本当の味も半減してしまうと思わない?」



「さー、どうだろうな。それにしても、文句たれながらメロンパン食う女なんて初めてみるぜ。せめて口の中の物なんとかしてからにしろよ」



Lはハッと気がついた表情をし、牛乳でメロンパンを流し込んだ。



「文句が言いたかったわけじゃないのよ。なぜこういった形状になったのか、どうしたらより良い物になるのか。そう考えてみたかっただけよ」



「へぇ、面白い事考えるな。でもLはちょっとばかり頭が固いぜ」



私はそう言い彼女からメロンパンを取り上げると、それを逆さにして食べて見せた。



「あっ」



「なるほどな、確かにこのクッキーの部分が先に舌に触れたほうがうまいかもしれない」



「意外と賢いのね」



「ひねくれてるだけだよ」



私がそう言うと、彼女は今日初めて笑った。



その時Lの笑顔に反して、薄っすらと見えた涙の跡が私に聞きたかった事を思い出させた。



私は言った。



「今日、何かあったのか」



「うん。…さっきね、彼氏にふられちゃった」



「そうか」



「これからどうしたらいいんだろう、私には彼しかいなかったのに…。どうしよう…」



彼女の目がうるんだかと思うと次の瞬間には大粒の涙がこぼれそうになっていた。



「どうしよう…」



うつむきながら泣きじゃくりそう繰り返す彼女に、私はメロンパンを眺めながら言った。



「しょうがねえな。俺と一緒にメロンパンでも作るかぁ」



Lはうつむいたまま嗚咽を漏らしていたが、しばらくすると小刻みに震えだした。



よく聞くとそれは嗚咽ではなかった。次の瞬間、彼女は声を上げて笑った。



「そんな慰めのセリフ聞いたことないよ!」



Lは手さげバッグからハンカチを取り出すと涙を拭った。



「あーあ、涙なんて吹き飛んじゃった。よーし、今からど行こう。海にでも行こうか?」



「2時半か、こんな夜に行く場所なんて選べないだろ。でも俺は、窓の外の流れる風景が見れればどこへでもいいよ」



「それいいわね。私がそうするわ。運転かわって」



「おい、ちょっと…」



Lは私の返事を無視して車を降り助手席側に回ってきた。



私は軽くため息をつくとしぶしぶ運転席へと移動した。



「それじゃ、昔よくいった海を見に行こう」



私はそう言い車を発進させると、Lはオーディオのスイッチを入れた。車の中が彼女のお気に入りの音楽で満たされた。



しばらくして雨が降ってきた。大降りではなかったが小雨というには少し強かった。



「きっとこの雨があがったら、梅雨も明けるだろうな」



私は独り言のようにそう言ったが、オーディオの液晶から放たれる明かりに照らされフロントガラスに映されたLは、外の景色を眺めながら小さくうなずいたように見えた。

彼女は靴を脱ぐと座席の上に膝を立ててうずくまる様に座った。



私たちを乗せた車は夜の国道を東へ、海へと走る。



私は気付いていた。



途中、Lがオーディオのボリュームをさらに上げたのは、窓の外を見ながら泣いていることを私に悟らせないためだということくらい。








ワイパーがよけた雨がフロントガラスの窓枠をつたい風に弾ける。





この雨はいつまで降るのだろうか?





私はささやかに梅雨明けを願った。





新たな季節の訪れは、きまって梅雨の終わりの出来事など忘れさせてくれるのだから。


































mixiにUPした凄く昔の日記を、なぜか今になって読み返したくなり、そのついでにUPしてみました。


メロンパンの行がふと頭に思い浮かんだのがきっかけで、あの部分を書きたいがために作った文章です。


楽しんでもらえたのなら嬉しいなぁ^0^
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2010-10-26 [ Tue ]
私は疲れきった体を宿の2階へと運んだ。


まるで引き上げられる碇のようだった。


睡魔の浅瀬に横たわる肉体を、船上から私の気力が引き揚げるのだ。




















砂嵐の迷宮 第4話










私は階段を上がりながら半分夢を見ていた。意識と夢とが交互に浮き沈みする、水面下の小魚に食いつかれた釣竿の浮のようだった。


人間の快楽には様々なものがあるが、それらはすべて三大欲求と呼ばれる大きな欲望に起因している。

食うこと、性の戯れ、そして睡眠。

これらの中でこと睡眠に限っては、他の欲望と形式が異なっているように思える。

欲求の解消とは、それを行う過程において快楽が伴うものであるが、睡眠に関しては必ずしもそうとは言えない。

例えもし、睡眠の最中に快楽が伴っているのだとしても、それを感じ得る主を、意識を必要としない点において他の欲求とは異なるといえる。



しかし、この見解は本当は全く逆なのかもしれない。

欲求の解消を求めているのはあくまで肉体が主であって、意識はそれを受け実行に移すだけの肉体の操縦士でしかないのではないか?

ともするなら、快楽とは肉体が意識に支払う給与のようなものなのかもしれない。


我々が睡眠を快楽と位置付けることができるのは、日の出とともに訪れる、意識と眠気の混濁した瞬間においてのみである。

そしてどの快楽欲求にも言えることは、それらは皆、目覚めとともにベッドから体を起したとき、それに驚いて飛び去ってしまう窓辺の鳥のように、決して手中には収まることなく消え去る夢でしかない。


快楽を得ることは少なくとも幸福であるが、幸福になることは必ずしも幸福であるとは言えないのではないか?










階段を上がりきり暗い廊下を宿泊している部屋へと向かうと、私はその部屋のドアノブに手を伸ばしはしたものの、ノブをつかむ前に前進した体で押しのけるようにドアを開けた。



部屋の中を見た瞬間私は小さくため息をした。

部屋の中は荒らされていたわけではなかったが、明らかに物色された形跡があった。

クローゼットは開け放たれ、机の引き出しは引き出されたままになり、シーツはめくられていた。

荒らされていないように見えたのは、荒らされた雰囲気を醸し出すほど散らかされる物がなかったためといえる。

なるほど、2階に上がらせないようにしていたのはこのためか。

私は胸のポケットに手を当てるとそこにある厚みを確認し、

マスターから預かったお金を部屋に置いていかないでよかったと安心した。

どうやらこんな様子じゃまるで犯人の見当はついていないとみえる。

片っぱしから人を疑ってかかるようでは。

おそらく他の客も同じような目にあっているに違いない。



私の視界の外で私を観察している者がいた。

私は彼に気がついたとき、まだベッドに横にさせてもらえないのか、と落胆した。

きっと彼は私をみていることだろう。だが出来ることなら目をあわせたくは無い。

無意味な会話を続けるほどの気力が今の私にあるようにみえるのか?

しかし、このまま彼を放置しておくのはもっとも睡眠への遠回りであろうことくらいわかっていた。

仕方なく私は彼のほうを見た。


若く、砂漠の太陽のようなきらめきを秘めた美しい金髪の、顔立ちの整った褐色の男だった。

身なりからして一兵卒ではないようだ。

やはり彼は私をみていた。


部屋の荒らされた理由や彼の素性を聞いてみようかと、普段の私なら思ったところだが、あまりの眠気が口を開くのも面倒にさせた。


「ずいぶんと疲れた顔をしている」

「それを理解してもらえて嬉しいよ。こんな部屋をみればなおさらのことだ。とっとと出て行ってくれないか。休みたいんだ」

「話がある」

「私にはないね。ひげ面の司令官殿にさっき話したことがすべてだよ」

「もう一度質問させてもらいたい」

私は返事をしなかった。限りなくNoに近いYesだった。彼もそう受け取った。

彼は口を開いた。

「この村へ何をしにきた」

「アリアンへ行く最中宿を取るために寄った。アリアンへは週末に行われるギルド戦で必要になる刃油を仕入れに行くんだ。今日に限った話ではなく、月に一度くらいはギルドの手の空いているものがそれをしている。前回は私ではなかった。誰だったかまでは覚えていない」

「それを確認する方法は」

「うちのギルドのマスターに聞くしかないな」

「今この場で証明することは不可能なのだな」

「できればとっくにしている」

「我々を邪魔する気はないと」

「ない」

「アリアンでおこった事件に関して知っていることをすべて話してくれ」

「君らが知っていること以上のことを私が知り得るとでも思うのか」

「そうか。質問するだけ無駄だったわけだ」

金髪の男はあきらめ顔をした後目をつぶり眉間を押さえ、

「手間をとらせた」

と言った。

「手間を取らせたのが悪いと思うのなら、部屋を片付けていってくれないか」

「俺がやったんじゃないさ」

「名前は?」

「ムスターファ」

彼はそういうと部屋のドアのところまで歩いていき、ノブをつかむと私を振り返り「おやすみ」といった。

私は彼など見ないで、白いベッドをみつめていた。

後ろでドアの閉まる音が聞こえた。

私は内ポケットから50万Gを取り出すと棚の上引き出し一番上にいれ、ロングコートをソファに投げるとシャツの一番上のボタンをはずした。

シャワーを浴びたかった。

すると真後ろから声がした。

「実はな」

私が振り向くとそこにはまだムスターファがいた。

彼はドアを閉じただけで部屋から出てはいなかった。

「一体何の真似だ」

「実はな、本当の用件は別にあるんだ」

「手短に頼むよ」

私はシャツのボタンをはずしながらそういった。欠伸がでた。

「あんたが本当に今回の強盗の件に仕事で関わっていないのだとするなら、俺からの依頼を受けれるはずだよな」

「内容による」

「逃げ道を作るのがうまいな」

「いいから内容を話せ、それから決める。いっとくが費用はそっち持ちだぜ」

「それはそのつもりだ。だが困ったな。聞いてから決めるのか」

「それが不満なら出て行ってくれ、私は寝たいんだ」

「聞いた内容は他言しないと誓えるか」

「信用なくしてこの商売ができるものか」

「それもそうだな」

ムスターファは腕を組み左手を顎にあて何か考えているような仕草を見せた。おそらく本当に何かを考えていた。

少し間をおいてから彼は口を開いた。

「詳しいことはやはり依頼を受けてもらってからでないと言い難いな」

「概要だけでもいい、ちょっとは説明をくれ」

「簡単に言ってしまうと、クロマティガードと刃を交えることになる」

私は眉根を寄せた。

「私と君が戦うのか?」

「詳しく言うと違う」

「詳しくは教えてもらえないんだな」

「だからこそ今みたいな言い回しになったのさ」

「あの偉そうな司令官殿が気に入らんのかね」

「そんなくだらない理由ではない」

「受けれない」

「なぜ」

「リスクが大きすぎる。クロマティガードを相手にするということは、すなわちアリアンとの対立を意味する。トゥーファに弓引く行為だからな」

「これは正義の依頼なんだぜ。我々の側にこそ正義があるのだ」

彼は言葉を強めた。

それとは裏腹に、第六感はこれは絶対に引き受けてはならない仕事だということを私に教えていた。

私は正義と言う言葉が嫌いだった。

なぜなら正義とは、個人の道徳的観念を情熱で焼いたものにしかすぎないから。

情熱が道徳を焼き尽くした後、白い灰以外に何が残るというのだろう?


「断る」


彼はそれを聞いた瞬間大きく息を吸った。そしてそれからしばらく私を見つめて無言でいた。

そして「わかったよ」と大きなため息とともにもらした。

彼はドアを開けると今度こそ間違いなく部屋を出た。

そして振り返って言った。

「気が変わったら声をかけろよ、なるべく早めにだ」

「多分変わらないよ」

「もしもの話だ」

彼は去り際、部屋を出て閉めかけたドアの隙間から顔を見せると

「他言は無用だぜ」

といい首を引っ込めドアを閉めた。

彼の去っていく足音が聞こえる。



私は はずしかけていたシャツのボタンをすべてはずし、ズボンとともに脱ぎ捨てた。


そしてシャワーを浴びると、ろくに髪も乾ききらぬうちにベッドに身を投げた。


私の体の重さを受け止めるベッドのたわみのなかに徐々に体が沈みこみ、やがてベッドとひとつになる想像が頭をよぎった。









もうそれは夢だったのかもしれない。







今しがた言葉を交わしたあの男のたくらみに考えを及ばせるよりも早く、睡魔によって私の意識は奪われた。

スリが懐から財布を盗むかのような空白の刹那に、時の流れが美しい女から若さを盗むような丁寧さをもって、時計の秒針が時を刻むように、裁判官が審判を下すように、西日が地平線に沈むように、断頭台の刃が振り下ろされるように。

かくして私の意識は、流れ出た血のように、灼熱の砂漠に熱され四散し、ここではない別の世界へとしばらく旅立つのだ。

目覚めという新たな生を受けるまでのわずかのあいだ。



















続く

2010-05-06 [ Thu ]


2話

























私はそれを見た瞬間、幻を見ているのではないかと眼を疑った。

あの砂漠の灼熱が揺らす蜃気楼なのではないかと。


だが違った。今はもう夜。

蜃気楼など見えるはずもない。

…では、夢?


いやそれも違う。

素肌の全てを余すことなくさらしだす美しい女、それは事実私の目の前に立っていた。


スレンダーなボディラインを描く褐色の肌に、ほのかな月明かりに反射する全身の水滴を宝石のように輝かせ、経験からくる落ち着きと、まだかすかに残るあどけなさからくる好奇心とを織り交ぜた優しいまなざしで私を見つめながら。


私はこのとき瞬時に理解したのだが、経験からくる女性的な落ちついた物腰は女としての妖艶な雰囲気を醸し出すが、同時にそれに相反する、どれだけ年月を経ても失われることのない少女のようなあどけなさもまた女が女足りえる大きな要因となっているのだ。

この相反するものの同居は矛盾であり、矛盾こそが美しさの根源と言えた。

長い年月を掛けて作り上げる人間という理屈の氷の中に、いつまでも燃え続ける炎のように存在する男には不可侵で不可知な女という神聖な領域。
それは男を惹きつけると同時に駆り立たせ、そして畏怖もさせる。
男が女を支配したがるのは愛のためでもあるが、同時に、自分よりも力のない者から感じ得るはずのない明瞭しがたい畏怖に対する、自分自身の矜持を賭けた挑戦のように私は思う。




そしてもうすでに、私は想像の中で彼女を抱いていた。




はりのよい褐色の肌に、雨雲のような深みのある灰色の髪と瞳。指先のつめは綺麗に整えられていて、その切っ先からこぼれ落ちる滴が水面をたたいていた。

彼女は自分の裸体を見られていることを恥ずかしがるわけでもなく、ふと現れた私に怯えている様子もなかった。

私と彼女の視線が絡み合う。

まだ出会って数秒、数分の時間も経ってはいない。

にもかかわらず、もう私たちが出会って数時間も経ったかのような、凄まじい勢いで時間が流れていってしまったかのような、私と彼女以外の存在全てが加速して、私たちは時間の底に取り残されてしまったかのような感覚。
少なくとも私は混乱していた。

私は彼女を見てから一度も瞬きをしていないことに気がついた。

それとも、彼女を見てから今それに気がつくまでの時間の流れが、一度の瞬きよりも短い時間であったとでもいうのだろうか?


私たちの間に流れるそんな不思議な沈黙を、不意に破ったのは彼女からだった。

彼女が口を開いてから声を発するまでの動きが、とてもゆっくりに、コマ送りのスローモーションのように一刹那一刹那が止まっているかのように感じられた。
だがそれは、現実に彼女はもうすでに話し始めていて、私の頭の中でそのシーンを何度も反芻しているだけのことかもしれなかった。

彼女は一瞬私から視線をはずし、口を開こうとするしぐさを見せ、また私を見て言った。
いくつかある質問のうち何から聞こうか迷っているように見えた。

「何を見ていたの」

「あ…、君を」

彼女は苦笑とも驚きともとれる表情を見せた。

「そういう意味じゃないわ。今食い入るように水面を見ていたようだけど何かあったのかと思って」

「ん、いや、ああ、星が映っていたものだから」

「星?そう珍しいものでもないように思うのだけど。なんでまた水面に手をのばしていたのかしら」

「それは聞かないでくれ、あまりにもおかしい理由だから気が違っているんじゃないかと思われそうで怖い。まさか人に見られているだなんて思いもしなかったんだ」

「そうね。ところでそこから少し下がったところで後ろを向いてもらえないかしら。私も服を着ないと気が違っているんじゃないかと思われそうで怖いわ。まさかこんな時間にこんな場所で人に見られるなんて思いもよらなかったものだから」

私はそう言われハッとすると、数歩後ろに下がり彼女に背を向けた。

彼女は湖からあがると近くの岩場においていたタオルで体を拭き、黒のチャドルを身にまとうと弓矢を背負った。

やはり彼女は先ほど私を救ったラクダに乗った女だった。

私は彼女に背を向けながらも、少しだけ振りむきその様子を伺っていた。

着替えを終えた彼女がこちらを見ると私と目が合った。

「ちょっと。後ろを向いててとしか言わなかったけど、こちらを見ないでという意味で言ったのよ」

そういいつつも彼女は決して声を荒げなかった。

「私は村の方へ戻るわ。あなたは?」

「私も宿へ戻る」

「そう。じゃあ途中まで一緒に行きましょう」

彼女はチャドルの頭をかぶらず背に垂らし、濡れた髪をタオルで拭きながら歩いた。

名をシャンディといった。



「シャンディはあんなところでなにしてたんだい?」

「私の家はね、一族の風習みたいなもので週に一度はオアシスで水浴びをしなければいけないのよ。それでいまそうしてたわけ」

「こんな時間じゃなければいかいのかい」

「別に夜にしなければいけないというわけではないのだけど。私、夜の星空が好きなのよ」

シャンディはそういい夜空を見上げた。

「どこまで続くのか分からない漆黒の空に、震えるように輝く星々は、その輝きをもって一体誰に何を伝えようとしているのかしら。私たち人類がこの世に誕生する以前から行われてきた自然の営みを、たかだか数十年生きただけのちっぽけな一人の人間が、それを理解しようだなんていうのはちょっとした傲慢なのかもしれないわね。私たちにできることはせいぜい星と星とを繋げて星座を描くことくらいのものかしら」

「人の言葉を理解できるのが人であるのと同じように、星々の輝きを理解することができるのは星達しかいないのかもしれない」

「きっとそうね」

シャンディは夜空に手を伸ばすと、人差し指と親指で星をつまむしぐさを見せた。

「湖を背に星空を眺めると、この世の全てが星空になるのよ。まるで私自身も星になったんじゃないかと思えるの」

彼女が夜空の星々に抱く思いと、私が夕焼けを、湖面を眺めてめぐらした考えと、いったいどれだけの違いがあるというのだろう。
私が水面を鏡に世界を覗き込んでいたのに対して、彼女はその鏡を夜空にしただけのことではないだろうか。

そんな彼女に私は親近感を覚えずにはいられなかった。

私は、先ほどめぐらしていた考えを話してみると、彼女は興味深く聞き深く頷いていた。

「あなたも変わったこと考えるのね」

「お互いにね」

「ふふ、そうね」



私たちは村の中心の広場まで来た。

巨大なモニュメントが静かにそびえ立っている。

あたりには誰もいなかった。

私たちは足を止めるとシャンディはまた空を見上げた。

「今私たちが見てるこの星の輝きって、星によっては何年も前に放たれた光かもしれないのよね。この瞬間その星はもう存在しないかも知れないのに」

「・・・・・・」

「まるで過去の思い出ね、この瞬きは」

私は彼女を見た。

彼女も私を見た。

あたりは静かだった。


「私、ここの村の北東にあるバーで働いているの。時間があいたら寄ってね」

「そうさせてもらおう」

「おやすみアレックス」

「おやすみシャンディ」


私たちはそこで別れた。

私は宿へと向かった。





途中、一度その足を止めた。


・・・宿へ戻るのをやめてこのまま彼女のバーまで行ってしまおうか?


・・・いや、私の悪い癖だ。刃油を仕入れた帰り道に寄るべきだろう。


そう自分に言い聞かせた。











このとき私は、自然と沸き起こったバーへ行きたいという衝動に正直に従うべきだったのかもしれない。


後から考えると、このとき私が選んだ宿へ戻るという選択肢が自分自身を不幸に貶めたと思えてならない。











私が宿に戻ったとき、私はすでにこの事件に巻き込まれていた。
















続く








2010-04-17 [ Sat ]

砂漠は人の心に似ている。
荒れ果てていて何もない。


あるのは荒れ果てた地肌に
潤いを欲す灼熱の情欲。


砂漠の全てを潤すほどの雨が降ったとして
彼はそれに至福を見出すのだろうか。





一瞬の快楽の後に訪れる砂漠の夜の冷涼とした虚無感は
やがて心を惑わす蜃気楼へと変わる。



蜃気楼。



それは砂漠の欲望が描き出す、一瞬の夢なのかもしれない。






















-ギルドホール 会議室-


開け放たれた部屋のドアにもたれかかりながら、デスクで書類に目を通しているギルドマスターを眺めていたが、しばらくそうしていても彼は私が来たことに気が付かなかったようだ。

私は右手で軽くドアを叩いた。


マスターは無骨な面構えに似合わないメガネの隙間から、上目遣いにこちらを一瞥すると

「どうした」

と言った。


彼は書類をデスクの上に放り投げ深く椅子にもたれると、メガネをはずし眉間を押さえた。

「書類を相手にするのだけはニガテだ。こればかりはいくら歳を重ねても慣れんな」

「とても楽しそうにみえる」

「目が腐っているのか。何しにきたんだ。邪魔しにきたのなら出ていきやがれ」

「通りすがったら、珍しく書類になんか目を通してるものだからね。何を見ていたのか気になったんだ。」

「見てみろ」

マスターはあごで書類を指した。

私はマスターのデスクに腰掛けるとそれを手にとって目を通した。

ギルド倉庫の物資に関する資料だった。

「…ん、刃油が足りないな」

「そうなんだ。物資の調達をしなければならん。今週末のギルド戦までにな」

「手の空いている者はいたかな。アリアンの刃油を仕入れるとなると、今日にでも古都を発たないと間に合わないぞ」

私はカレンダーを見た。

マスターは机の上に両肘を立て手を組み、その上にあごを乗せながら言った。

「一人暇そうなのがいるな」

「新入りのことか」

「違う」

「誰だい」

「普段たいした仕事もしないくせに、仕事が舞い込むと自分より暇なやつを必死になって探しだすろくでなしのことだ」

私は辺りを見回してみたが当然誰もいなかった。

「・・・はっ!こんなとこ来るんじゃなかった」

私は吐き捨てるように言った。

「そう言うな」

マスターはデスクの引き出しから小さな封筒を取り出すとそれを投げてよこした。

「仕入れてくる量は任せる。旅費はその中から出してくれ」

中を見ると1万ゴールド紙幣が50枚入っていた。

「これだけあれば豪遊できるな」

「ギルドメンバーから袋叩きにあう覚悟があるのならそうしろ」

「冗談だ。それじゃ行ってくる」

「気をつけてな」

「ああ」

部屋のドアのところまで歩いてから私は立ち止まり、振り返って言った

「それにしてもマスター」

「なんだ」

「眼鏡が本当に似合わないな」

「知っている」

私は軽く手を振りその場を後にした。





























『砂嵐の迷宮』







































-西プラトン街道 / グレートフォレスト入口-


永久に続くかのように思われる砂丘の連続。

まるで私を狙い打つかのように降り注ぐ太陽からの熱線。

無音で、無言で、無情な灼熱の砂漠は、この世のありとあらゆるものより冷酷だといえる。

この熱線にこそあぶりだすという形容がふさわしいものはない。

彼は隠すことを我々に許さない。

私のすぐ足元に転がる生き物だった何かの白骨のように。



振り返ると先ほどまで生い茂っていたグレートフォレストの木々が遥か昔の思い出のように思える。

目の前に広がるのはただ砂漠。



アリアンまで先は長い。



何かを考えるのにすら疲れ始めたころ、大きな岩山が目に入った。

あそこまで歩いたら日陰で休むとしよう。




日陰側の岩肌はひんやりとしていてもたれかかると心地よかった。この裏側の日のあたる岩肌は肉が焼けそうなほど熱いであろうことを想像するとぞっとした。

私はその岩肌にもたれかかり体を休めた。

頬を伝う汗が唇に触れ私はそれを舐めた。

ふと、自分が水滴になってこの涼しげな岩肌をつたう想像が頭をよぎった。

それは想像というよりよくよく考えてみると夢だったのかもしれない。

気が付くと私は眠りについていた。









あれからどのくらいの時間がたったのだろう。

何者かの気配を感じた私は目を開いた。

その瞬間私はこんな場所で居眠りをしたことを後悔したが、いつまでもそうしてはいられなかった。

十数匹のラットシーフが私を取り囲んでいた。

彼らは私が目覚めたことを知るとその輪を狭めていった。

間違いなく距離を測っている。目の色がご馳走を見る目だった。

私が立ち上がりざま杖に手をかけると同時、彼らは私めがけ飛び掛ってきた。



その刹那だった。



私に飛び掛かるはずだったラットシーフが勢いよく岩肌へと張り付いた。

一本の矢がその体を貫いていた。


私が振り返るとそこにはラクダにまたがる黒いチャドルを身にまとった女がいた。チャドルを身にまとっているのもかかわらず女と知れたのは、肢体を包むチャドルの布地の合間から長く美しい白髪が見えたから。


間髪あけずに二の矢を放つ彼女に私はファイヤーエンチャントを唱えると、彼女の放つ矢に炎が灯り、矢がラットシーフに突き刺さるとその体を燃やし尽くした。


杖を構え次に備えたが、私の出る幕はなかった。


彼女の放つ雨のような矢に、一瞬にして半数以上の仲間を失った彼らは戦意を喪失し逃げ出したが、それすらかなわずに果てた。


私は胸をなでおろすと一息ついて彼女のほうを見た。

彼女は弓を背に掛けると私を見下ろした。

「いくら疲れているからといって砂漠の岩陰で熟睡するのは考え物ね。そこはあなただけのハンモックじゃないのよ」

「迂闊だった。気をつける」

「そうしてもらいたいものね。」

彼女はそういうと地平線の彼方へと視線をやった。

私もそちらに目をやった。だが何もなかった。あるのは青い空と白い雲、焼けた砂漠の地肌、地平線、そして陽炎・・・。

彼女は言った。

「ここ数日のうちに砂嵐がきそうよ。どこに行くのか知らないけど早めに行動したほうがいいわね」

私は彼女を一瞥した後にまた視線を地平線へとやった。目を凝らしたが何も分からなかった。

「砂漠に長く住んでいるものでなければきっと分からないわ」

「そうか」

「どこへ行く途中なの?」

「アリアンへ行くところだ。今夜はリンケンで宿をとろうと思っている」

「そう」

彼女は一瞬何かを考えているように見えた。

「なんだい?」

「いいえ、なんでもないわ。道中気をつけることね」

「そのつもりだ。助かったよ、ありがとう」

彼女はラクダの手綱を引くと去っていった。



先を急ごう。

私はそう思うとロングコートについた砂を払い歩き始めた。



彼女が先ほど見ていた空をもう一度みたが、やはり普段の空と何も変わっていないように見えた。




砂肌に伸びる私の影が身長よりも長くなりだした頃、視界の果てに物陰が映り始めた。

蜃気楼でなければリンケンの家々であろう。



日が暮れる前に宿を取れそうだ。


















-砂漠村リンケン-


私の腰の高さほどの少年たちが数人、私の横を走りぬけた。

遊びつかれお腹をすかせた子供たちが騒ぎながら家路につき、立ち並ぶ家々の煙突からは夕飯の支度をしているのか煙が上がっている。

近くのオアシスには豊富に水があり人日の生活を支えている。

のどかで静かな村だった。






彼方の砂丘を振り返ると日が半分だけ沈んでいる。

私は明日もまた飽きもせずに顔を見せるであろう太陽に呆れ顔をして見せると、重くなった足に鞭をいれ宿にむかった。



宿に入り、カウンターに肘をおき呼び鈴を鳴らすと、店の奥から店長の男が出てきた。砂漠に合わせたような禿げ上がった頭に少々太り気味の中年の男。私は彼を知っていた。

「おう、いらっしゃい」

「一晩宿を取りたいんだ。いい部屋はあいてるかい」

「南東の部屋ならいつでも空いてる。どうだね?」

「勘弁してくれ」

「冗談だよ」

店長はそういうと2階の北側に位置する部屋の鍵を渡してくれた。

「おうアレックス。アリアンにいくのか?」

「そうだ、週末のギルド戦のための物資を調達しなければならなくてね。いつもの事さ」

「だろうと思った。だがちょっと今はやめておいたほうがいい」

「アリアンで何かあったのか?」

「まずは部屋に行こうか、向こうで話そう」





私たちは薄暗い階段を2階へと上がると、廊下を左へまがり一番端の部屋に入った。

その部屋に入ったとき一番初めに目に付いたのは、開け放たれた窓から見える砂漠の夕方の風景だった。ちょうど隠れきった夕日の残り陽が砂丘の輪郭を燃やしている。

開け放たれた窓の白いカーテンが優しくはためいている。ベッドの白いシーツはいかにも涼しげだった。

良い部屋だ。



店長はそのまま窓辺までいくとカーテンが風に流されないように、端によせ小さな布で巻きつけた。そして西の方角を眺めながら言った。

「クロマティガードがアリアン東部地域を中心に捜索網を展開している」

「アリアンで何かあったのか?」

そう言いながら、この台詞を言うのは2度目だな、と私は思った。

「大富豪の家に強盗が押し入ってね。それがまたトゥーファの家だっていうのさ」

「アリアン一の金持ちか。なかなか泥棒さんもお目が高い」

「狙うだけなら誰でもできるさ。だが彼はクロマティガードの元締めでもある。彼を敵に回すということはクロマティガードを敵に回すということに等しいんだ。それでも生きて逃げ切れる自身はあるかい?」

「考えたくもない」

「だろう。誰だってそう思うはずなんだ。だが今回の犯人達は見事屋敷に侵入、逃げおおせてしまった。見事というほか無いね。クロマティガードの奴ら、かなり殺気立ってるって話だ、白でも黒と言いかねない勢いだと聞いた」

「で、アリアン東部地域に捜索網を展開しているという事は、犯人達は東へ向かって逃走しているということか。」

「そうらしい。いずれはリンケンもその網の中にはいるというわけだが、そうしたらお前さんアリアンへはしばらく行けないかもしれないぞ。今なら南へ馬車を出して捜査網を迂回するって手もある」

「いや、いいよ。急いでいないことはないが多少時間はある。2日ぐらい泊まっていくよ。下手に動いたら怪しまれかねない」

「そうか、ならいいんだ。俺のところも儲かるからな。強盗様様だ。」

店長は快活に腹を揺らして笑った。






それからしばらくして、部屋で休んでいた私のところへ店長が来ると、夕食はまだ少し時間がかかりそうだと言った。
私はわかったと返事をすると少しだけリンケンの村を歩いてみたくなった。

日が沈み、のどの渇きも落ち着いた今ならゆっくり村を眺められると思ったからだ。

私は店長に夕食までには戻ると告げ宿を出た。




地平線のかなたからはもう陽は届いていない。

ただ西の空が燃えているだけだった。

雲は様々な形をし、太陽の断末魔に身を焦がし、そして誰のためにでもなく空を彩った。

それは美しかった。

しかしその美しさは何のためにあるのだろう。

美しいものとはその美しさを評価する存在がいて初めて意味があるように思われる。

我々人間がその美しさを評価する以前から存在するそれは誰に向けての美しさなのだろう。



誰のためでもなく、何の意味もなく、誰に評価をされるわけでもなく、そして何ももたらすわけでもないその自然の営みは、なぜ行われ続けなければならないのだろうか。

世界がその日の終わりに垣間見せる単なる気まぐれなのだろうか。



いや、違う。あの夕焼けは自分自身への伝言なのだ。

今日が死にそして闇が支配する夜が訪れる事への。


ともすると、あの空に見えるやや白い交差した雲は、まさに十字架をかたどっているのではないかと思われた。
そして太陽は、やがて来る明日のために沈むのだ。今その光が届かなくなった世界に、今日の死をまざまざと見せつけながら。


私は無理やりそうこじつけた。

自然に意味が無い?そんな事はない、自然のすべてには意味がある。

今この瞬間を生きるものにはすべからく理由があり意味がなければならないのだ。

自然の延長線上にいる我々人間の存在が無意味に思えてしまわないためにも。








私はそのまま村を南へ進んだ。


オアシスの水汲み場は、明日の朝つかう水を汲む村人たちが数名いたが、それももう最後のようで掃除をしながら辺りを片付けていた。

湖面を眺めると焼けるような夕焼け雲のその間に輝く星が映っていた。

私は湖に沿って歩き出した。

一周して宿へ戻ろうと思った。






湖をはさんで村の反対側まで来た。足を止め反対岸を眺めてみると、どの家も灯をともし煙突から煙を立ち上らせている。

視線を下げると湖面に映る逆さまの村、そして輝きだした星々。

私は近くにあった木にもたれかかるとタバコを吸いながら湖面を見つめていた。

この湖面の向こうには、この世と同じようにもうひとつの世界があり、そこでは私たちと同じように人々が生活し、そしてまた同じように時たま湖面を覗き込みこちらの世界の様子を伺っているのではないか、幼い頃そう思ったことがある。

だがそんな思いも、水面に映る自分の顔に手を伸ばしたとき、広がる波紋とともに消えていったものだった。


私は歩き出すと湖の水面を見下ろし、その場にしゃがんだ。

深く暗い色の湖におぼろげに浮かぶ星たち。そして湖面に映る私。

子供の頃そうしたように、私はそっと手を伸ばした。



その時、私が触れるより早く水面が揺れた。



波紋というには少々強く、波というには弱々しい水の戯れ。

それは私の前方から足元の岸まで来て軽くはぜると、後ろから次々と押し寄せる微弱な波たちと衝突を繰り返し消えていった。

何かが水を揺らしたのだ。

私は顔を上げた。























そこには一糸もまとわぬ姿で私を見つめる褐色の肌の女が立っていた。




その長く美しい白髪をしっとりと水に濡らして。




             続く
2010-02-03 [ Wed ]
あらかじめ言っておきます。

今回の記事はとても長いです。




それでもなお読んでくれるというのなら

きっとその気持ちに答えれるだけの内容であると思いたいです。




















赤い髪のランサー



















コンコンコン・・・

町は静まり返り夜空に星が満つる時間。

私は夢の入り口手前で部屋のドアを叩くその音に起こされた。

目を開けると窓の外に星空が見える。
カーテンを閉めるのを忘れ寝ていたようだ。
私はベッドから起き上がるとカーテンを閉じようとしたが、つかもうと手を伸ばした瞬間、
誰かの戸を叩く音に起こされたことを思い出した。

そうだ、来客だった。そのために私は起こされたのだ。

目をこすりながら枕もとの時計をみると0時を回っている。

こんな時間に一体何の用だ……。
目の前の壁にかけられた絵画の中にいる黒猫はソファの上で丸くなり睡眠をむさぼっているというのに。

私はその絵を横目に壁のハンガーにかけておいたローブを羽織ると部屋の入り口の戸を開けた。

「誰だい、こんな夜中に」

そこには誰もいなかった。
目に入ったのは向かい側の壁。
左も行き止まりの壁。
右は暗闇の中へと続くホテルの廊下。

ところどころ窓から月明かりが差し込んではいるが人影は見当たらない。

夢だったのか?


…よくあることだ。
私は自分にそう言い聞かせ大きくため息をつくと戸を閉めようとした。

「にゃあ」

その声に私は足元を見た。
そこには一匹の黒猫が座っていた。

猫だ。戸を叩いたのはコイツか。
なんでこんなところに猫がいるんだ。

ここは動物のとまるホテルじゃない。
誰かが連れてきた猫が部屋を間違って私のところまできたのだろうか?
廊下を眺めたが戸の開いている部屋は一つもない。
じゃあどこから?
考えるだけ無駄だ。
野良猫に違いない、第一首輪がないじゃないか。
どこかの隙間からホテルの中に入り込んだに違いない。

「いまから私は寝るところなんだ、悪いがかまってらんないよ。ごめんよ」

私がそう言い戸を閉めようとしたが、今度は猫は何も言わなかった。
しばらく猫と目が合った。

ふと猫は腰を上げると、私の部屋へと入ってきた。

おいおい勘弁してくれ。

私は猫を捕まえようとその後を追った。
すると猫はうまいこと間合いをとって逃げてしまう。
数秒の間そんな感じのことを繰り返していたが、私は猫を捕まえるのをあきらめた。

「勝手にしろ。ここの部屋に一緒にとめてやるから、寝るのだけは邪魔しないでくれ。」

私はそういいローブをソファに投げ捨てるとベッドに横になった。
しばらく静かにしていると猫がベッドのそばまで歩いてきてそこで小さく鳴きだした。

「にゃあにゃあ」

「なんだいお前、腹でもすいたのか?」

「にゃあ」

「はぁ~…、仕方ないな」

私はベッドから起き上がると着替えをすませ部屋を出た。

もう眠気などどこかへ行ってしまった。

「飯、食べに行こうか。バーならまだやってるだろう。猫が入店していいかどうかは知らないがね」

不思議なことに私がそういうと猫は私の後をついて部屋を出た。

私は部屋に鍵を閉めホテルを出た。








-港街シュトラセラト-


建物を外に出ると南東から吹くやさしい潮風が左の頬をなでた。

目の前にはシュトラセラトの中心広場がある。

昼間なら多くの人間が行き来するこの場所も、夜は風の音と波の音と潮の香りに満たされる。

昼間は空を飛び交い時折鳴き声をあげる海鳥たちもいまでは羽音すら立てていない。

私はどこへ行こうか考えていたが、それよりも早く猫が歩き出したので私はそれに続いた。
港へ向かう道の三つ目の交差点を横切ったところで猫が突然左の道を眺め立ち止まった。

「にゃあ」

猫は私の顔を一瞥しその視線の先に目をやった。

見上げた先には暗闇の中にその姿を誇示するかのようにそびえたつ高級ホテルオクトパス。
神話に出てくる巨木を思わせるかのように、まるで空を支える支柱であるかのように、
シュトラセラトにあるオクトパスでなくオクトパスがあるシュトラセラトといわせんばかりの存在感は、
シュトラセラトの人々の誇りでありそしてまた象徴であるに違いなかった。

星空を覆う建物の影によって、真夜中の今でもその姿がありありと確認できる。

最上階以外の明かりはついていない。

私は鼻で深くため息をつき言った。

「あそこで食べたいのか。なんて奴だ、たたき起こした上に身包みまで剥ごうっていうのか?」

私の言ったことをわざと聞き流すように、この猫は私の話を最後まで聞いてからホテルへ向かう道を歩き出した。

あんな高級ホテルに猫など連れて行けるはずも無い。

どこか適当な店で適当な食べ物でもくれてやればこいつも満足するだろう。

私はそう思いながら、オクトパスへと続く道を行く猫の後へ続いた。

だが立ち並ぶ店はどこも閉まっていた。

港町だというのに今日はやけに静かだ。

それともここの区画にはもともとバーが少ないのかもしれない。
きっと海岸沿いの店には海の男達があつまって、
まるで昼間の商店街のようなにぎやかさで日が昇るまで騒ぎ続けているに違いない。

だが今はそんなところで酒を飲む気分では無い。
静かに一杯やりたかった。

店を探しながら歩き続けたが、
とうとうオクトパスの前にたどり着くまで一軒のバーも見当たらなかった。

私はオクトパスを横目に町を北へ進もうとしたが、猫はもうオクトパスへと進んでいた。

「おいおい、待てよ…」

私はその足を止め猫のあとを追った。







-高級ホテルオクトパス-


猫は私を待つわけも無く、オクトパスのエントランスに向かう階段をトトトと駆け上がると、
暗闇のエントランスホールへと吸い込まれていった。

私が猫のあとを追って十数段ほどの階段を上がりきるとホテルのエントランスホールが目前に広がった。

高級ホテルの名にふさわしくその内装は目を見張るものがある。

天井につるされている明かりの消された豪華なシャンデリアが星明かりを乱反射し鈍い輝きを放っている。
それのおかげで店内はうっすらと明るい。

建物の奥には受付が見えるが夜のためか人はいない。

猫は受付の隣で壁にかけられた何かを眺めていた。

私はその隣まで歩いていくとその視線の先にあるものを眺めた。

ホテルの案内表示板のようだ。

エントランスホール、客室、浴場、カジノ。

なるほど。高級ホテルの名にふさわしい設備だ。

そして最上階にはバー『フィロソフィ』。

私が猫を見下ろすと彼はもちろん私を見上げていた。

何かを思うが早いか猫はもう屋上へのポータルへと歩き始めていた。


「まだそこに行くとは言ってないぞ」


猫が言うことを聞くわけが無かった。私はその猫のあとに続いた。


「他に行くところも無いがな」









-高級ホテルオクトパス 最上階-


ポータルを踏んで最上階に転送されると、静かな長い廊下が目の前に広がっていた。

消えた明かりに無機質な壁。

左手一面のフロアガラスの外には星空と暗闇に包まれた地上とが世界を二分している。

足元をのぞくとところどころに明かりが見え、海岸線にある酒場は煌々としている。

私の人生でここまで高い場所に来るのは今日がはじめてだったが、
まさか高きから見下ろした街並みが星空を見上げるものと同じだとは思いもよらなかった。


そのときふと後ろからピアノの音が聞こえてきた。

薄暗いL字型の廊下を奥へ進み右へとまがると部屋が開けた。

壁に看板が掛けてある。

「バー フィロソフィ」

私は店内へと入った。




店内の空間を優しいオレンジ色の光が満たし、その奥ではピアノの演奏をしている女がいた。

どの席にも客はいない。

猫を探したが見当たらなかった。

私はカウンターの席へと進むと腰を下ろし何を頼むか考えながらピアノの演奏を聴いていた。

店内を眺めたがやはり彼女以外誰もいなかった。

しばらくその演奏を聴いていたが、女は私に気がつくと演奏をやめてこちらに歩いてきた。

「いらっしゃいませ。こんな夜遅くにまで足を運んでいただいて嬉しいわ。
でもごめんなさい、今日はもう店をしめなければならないの。私、明日この町をでるのよ」

「それは残念だ。だがどこの店も空いてないんだ。せめて一杯だけでももらえないか?」

「わかったわ」


心の奥で燃えあがる炎を表現したかのような赤い髪、

真珠を思わせる輝きを放つ瞳、

触れると壊れそうなほど透き通った肌、

過去の甘い思い出を香らせるピンクの唇、

すらりと伸びる足に器用で繊細そうな長い指、

そしておもわず視線をひきつける魅惑の谷間。


私はそこから視線をはずすのに苦労した。

しかし美しい女だった。

薄紫色のドレスがとてもよく似合っていた。

私がマティーニを頼むと女はうなずきカウンターに入った。


液体がグラスに注がれる音が聞こえる。

目の前にグラスが置かれた。

私は内ポケットから10000G紙幣を取り出してカウンターに差し出したが、
女は軽く首を振って受け取ろうとしなかった。

「いいのよ、今日はもうお店のマスターはいないわ。
お金を勘定する人はいないの。私のおごりとでも思って頂戴」

「受け取ってもらえないと飲めないんだが」

「困った方ね」

「困った店員だ」


私はそう言い紙幣を内ポケットに戻すと、代わりにタバコを取り出し口にくわえた。

左手でマッチを探そうとポケットに手を突っ込もうとしたとき、
それより早く女は目の前に火の点いたマッチを差し出していた。

「ありがとう」

私がそういうと女はにっこりと笑顔で返事をした。

「なにかリクエストはあるかしら」

「さっきの曲の続きを」



女はピアノの席へ座ると演奏を始めた。

窓の下シュトラセラトの港を照らすいくつかの灯が、港を夜の星空へ浮かぶ夢のように見させた。

私はタバコを吸うとその煙を窓へ向けて吹いた。

窓の外に見える星空に煙がかかったがその煙も数秒で溶けて消えた。

私は吸いかけのタバコを灰皿におきマティーニを呑むと私は女の演奏に耳を傾けた。

私の視線の先で暗闇の中、見えないはずの海で波打っているのが見えた気がした。

彼女の奏でる旋律に海がその身を躍らせているのかも知れない。



私の視線の先、窓ガラスに映る店内で彼女がピアノと踊っている。

星空でピアノと踊る美しい女。
その息遣い、鼓動、躍動、すべてに赤い炎を感じた。
それは常人には持ちえることのできない異常というまでの高温の炎。
彼女がピアノを弾くときにあらわれる本性なのか。
先ほどのおしとやかそうな女性の内面がここまでも激しいとは。


そのとき私は理解した。

炎を宿す心の内面を映し出しているものこそ、あの燃え上がるような赤い髪なのだろうと。
内側に隠しきれずにいた熱い炎が女の髪を赤く染めているのだろうと。
今あのピアノから放たれる旋律、それは彼女の指先からあふれ出した熱が、
ピアノという濾過器を通しこの美しい音楽へと昇華されたものに他ならないのだ。



彼女は演奏を終えると誰もいない客席に向かい一礼をし、
カウンターに戻り自分の酒を作ると私の隣の席に座った。

そこにいたのは氷のように美しくそして水面に静かに広がる波紋のようにしとやかな女だった。


「どうしてまたこんな時間にここへ?本当はこの時間、お店やってないのよ」

「ああ、そうだ猫がこなかったか?」

「猫?」

「そう黒い猫だ。結構細身で…このくらいの大きさの」

私が両手で体の大きさを示したが彼女は首をかしげていた。

「いいえ、みてないわ。ごめんなさいね。その猫がどうかしたの?」

「私は中央広場の近くに宿を取っていたんだ。
さっき今にも眠りにつこうって時に部屋の戸を叩かれて起こされてしまったんだが、
そのお客がなんと猫だったんだ。
にゃあにゃあうるさいものだから眠気が覚めてしまっね。
猫に餌をやるついでにいっぱい飲もうかと思ったんだが
そしたら肝心の猫がいない」

「変わった方。それで、猫を連れてここまできたのね」

「いや、猫に連れられてきたんだ」

「まあ、本当に変わった方ね」

彼女はそう言うと思わず笑みをこぼした。

「でも残念だけど猫は見てないわ」

彼女はそういい店内を見渡した。誰も何もなかった。途中、彼女の視線がピアノで止まった。

私は言った。

「もうあのピアノを弾くのは今日が最後なんだね」

「ええ、そういうことになるわね。できればこの仕事はもう少し続けたいと思ってるのだけれど」

「なぜ辞めてしまうんだい。君の曲を聴くために来る客もいるだろう」

彼女は頬杖をつきながら自分の手に持たれたグラスの中を眺めていた。

琥珀色の液体をもてあそぶかのようにグラスを傾けるとグラスの中の氷が音を立てた。


一口飲むと彼女は言った。

「やりたいことがあるのよ。やらなければならないことと言ったほうがいいかもしれないわね」

「そうか、それなら仕方が無い。何をやろうとしてるんだい?」

「人を探してるのよ。十数年も前私がまだ幼かったときのこと、
私たち家族はハノブの北東にある街にすんでいたんだけど、
とある理由で家族がバラバラになってしまったのよ。
それ以来、世界各国を放浪しながら家族を探し回っていたの。
あるとき父と母がこの町にいることを知ったのだけれど…、ここまで駆けつけたときはもう亡くなっていたわ。
この町で私が来るのをずっと待っていたそうよ。
父が病気で亡くなると、数週間後母もそれを追うかのように…。
それでね、私には一人の兄がいるの。
あまり顔は覚えてないのだけれど彼もこの世界のどこかでまだ生きていると思うの。
父と母の話を伝えないといけないわ。
そして何よりこの世に残された私の唯一の血のつながりのある人間にもう一度会いたいの。
もう誰も失いたくないのよ」


「探しに行くんだね」

「ええ」

「行くあてはあるのかい?」

「古都に行こうと思うの。あそこは人も多いし情報を集めるにはいい場所だわ。
あそこならば新しい仕事を見つけるにはいいと思うの。それにあの町ならば兄に会える気がするのよ」

灰皿においたままにしていたタバコは半分が灰になっていた。

私はその灰を落とすと軽くタバコを吸った。私は言った。

「私は古都を拠点に活動するギルドの副マスターをしてるんだ。
もし本当に古都で仕事を探す気なら私たちのところへ来ないか」

「ええ、本当?」

「ああ、20人ほどのギルドだが昔から続いている名の通ったギルドだ。
情報を集めるにはいいかもしれない」

「私なんかがお邪魔しても大丈夫なのかしら」

「大丈夫、みんな歓迎してくれるよ。それに人手が欲しいんだ」

私がそういうと彼女はにっこり笑った。

「うれしいわ。まるで父と母が私の旅立ちを祝福してくれるかのよう」

彼女はそういうとドレスの胸元に閉まっていたペンダントを両手で握り締めた。

「素敵なペンダントだね。それは?」

「両親の形見よ。幼い日の私と兄が写っているの」

彼女はそういうとペンダントをひらき私に見せてくれた。
ひし形にかたどられた写真の中で可愛らしい少女と男の子が頬を寄せ合っている。

「手がかりはこれだけ…。でもね私、兄に会ったらきっとわかると思うの。
たとえ決定的な手がかりなんて無くても、私と兄、眼が会った瞬間
互いの存在を私たちの体に流れる血が、私たちだけが、
この世に残された最後の家族であることを気づかせてくれると思うのよ」


彼女はそういいきった後、少しうつむいて目を細めていた。

耐え切れずにこぼれた涙が彼女の頬を伝った。

彼女の肩が小刻みに震えた。

「ごめんなさい」

私はハンカチを取り出すと彼女に渡した。

「きっと見つかるさ」

「ありがとう」

「アレックスと呼んでくれ。君は?」

「メイ・リンよ。メイと呼んで、アレックス」

私はうなずいた。彼女もうなずいた。
メイはハンカチで涙をぬぐうと「はぁ」と軽く息をつき言った。

「さ、もうお店を閉めましょう。古都へ行く準備をしないと。朝まで少し休みたいわ」

「わかった。だが最後にもう一度あの曲を聞かせてくれないか」

「気に入ってくれたのね」

「Autumn leave's」

「え?」

「あの曲、Autumn leave'sって曲だろう?」

「知っていたのね」

「ああ。いい曲だからね。それに私のギルドも同じ名前なんだ」

私が胸元につけていた銀杏の紋章を指差しそういうと彼女の顔が笑顔で満ちた。
先ほどの涙がまるでうそのように。
一点の曇りもない笑顔。

やはり美しい女はこうでなければならない。

「素敵な紋章ね」

彼女がピアノの椅子につくと白く美しい指が鍵盤の上を舞った。
私はまた煙草に火ををつけると彼女のピアノの演奏に酔いしれた。


そのとき店の入り口の方で物音が聞こえた。

私がそちらに視線をやると先ほどの黒猫がいた。猫は静かに私を見つめている。

「私をここへ連れてきたのは彼女を古都へ連れて行けって事だったのか?」

「にゃあ」

猫はそう鳴くと廊下の暗闇の中へと消えていった。

私はくわえていた煙草を口元から放すついでに、彼に軽く手を振り別れを告げた。

飲み終えた空のグラスをテーブルに置いたとき、中の氷が音を立てて崩れた。

水気を帯びた氷の艶やかな表面に私とその後ろでピアノを演奏するメイの後姿が映っていた。

夜空の星が彼女の曲に合わせて瞬いていた。








翌日、私たちはホテルをチェックアウトする時間に待ち合わせをしていた。

カウンターで手続きを済ませ外へ出ようとしたとき、
ちょうどやって来たメイが私の襟首にギルド紋章の徽章がついていないことに気がついた。

私達は泊まっていた部屋に戻ると徽章を探した。

だがそれはすぐにメイが見つけた。

「やだ、なくさないでよ。素敵な紋章なんだから」

「大丈夫、もうなくさないよ。ありがとう」



彼女がそういいながら私に徽章を渡そうとした瞬間、私は驚愕した。

ちょうど彼女の後ろにある壁にかかっている絵。

昨日までその中で寝ていたあの黒猫がいないのだ。

彼女のちょうど真後ろにあるため隠れているのか。

私は身をよじってその絵を覗き込んだ。

しかしいない。

昨晩私があの猫に起こされたときいたはずの、絵の中のソファの上で丸くなっていたあの黒猫がいない。

目を丸くしてる私を横目に彼女はその絵を見て歓喜の声を上げた。

「まあ!この絵…、私の両親が描いたものなのよ!昔住んでいた私の家の絵。
なんの変哲もない絵だけどどこか落ち着くのよね。
むかし父が亡くなったとき、生前お世話になったお礼として母がこのホテルへプレゼントしたって聞いてたの。
まさかこの部屋に飾られているなんて。
あなたがこの部屋に泊まっていたのはきっと何かの運命だわ」

「…黒猫も描けばよかったのに」

「ええ、この絵を父が描いたころ、
父は私と猫がもっと成長したらこの絵に描き加えてくれると口癖のように言っていたわ。
その猫ももう会えないところへ行ってしまったけれど。
でもなぜあなたはそれを知っているの…?」


私は言った。


「行こう。古都できっと兄が待っているはずだ」

私はそういうと彼女の手から徽章を受け取り足早にその部屋をでた。

「ちょっと…、待ってよ!」

そんな私に彼女は少々困惑気味だった。

無理もない。

だが私には確信があった。

彼女は古都で再び兄に会うことが出来ると。

天からの加護が彼女にはあるのだ。




シュトラセラトを後に慌ただしく古都へと向かう私たちを一匹の黒猫がいつまでも見守っていた。



「にゃあ」





                 -fin-














作成日 2007/06/13(水)


いつだよ、ってな。


このころの私はなぜかホテルオクトパスがとてつもなく高くそびえたつ外観をしているのだと思い込んでいました。

それゆえこのような描写に。

よくみたらタコさんなのに!

お前らのツラのようにタコさんなのに!

ウソです。

シュトラセラトでマップ移動するときに表示されるおおきい建物をオクトパスだと思っていたのかも知れません。




それじゃあ おやすみ、みんな。

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マルぴょん

Author:マルぴょん
■プロフィール■
主の教えこそが世界を平和に導くと信じて疑わない「マルぴょん教」の教祖にして、悪の組織ショッカーの戦闘員であるとも言われる伝説の漢である…

■所属ギルド■
エンジョイプレイRS

■ギルドにおける職位■
客員提督(ゲストアドミラル, Guest Admiral)
近年においては一般ギルド員とも言う。

■ご職業■
ウィザード

■レベル■
推定690億
(東京ドーム7個分のビタミンC)

■好きな物■
ぬくもり(あなたの)

■得意な料理■
チャーハン
ペペロンチーノ
卵納豆

■趣味■
頭突き
墓参り
回転寿司

■好きな役■
リーチ
タンヤオ
ホンイツ

■好きな待ち■
ペンチーピン

■好きな体位■
ひみつ

■熱いラーメン■
が食べたい

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